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2022.06.17 【福本雄樹編】撮影レポート

 兄さん、あなたの眩しさは、あの日からなんにも変わっちゃいない──。
 昭和の歌謡界を席巻する一族に生まれ、華々しい興隆の影に葬られた男の運命を描く音楽劇『歌妖曲~中川大志之丞変化~』。そのメインヴィジュアル撮影の舞台裏レポート第3回は、中川大志さん演じる定(さだむ)の実の兄でありながら、鳴尾家の〝一人〟息子として育てられたスター・鳴尾利生(なるお・としき)役を演じる福本雄樹さんの登場です。
 福本さんは、唐十郎氏が座長を務める「劇団唐組」の紅テントでの公演をはじめ、小劇場での濃密な作品への出演で演技力を培ってきた、生え抜きの演劇人。本作のような商業演劇作品では最もフレッシュなメインキャストとして挑みます。



福本雄樹


 芸能事務所の社長である父親が押し上げ華麗にデビュー。キャッチフレーズは「窓際のさびしげボーイ」(昭和時代のアイドル歌手には、しばしこうしたキャッチフレーズがつけられました)の大型新人・鳴尾利生。そんな役柄を、一目で「まさに!」と思わせた美しい福本さんの姿。父は戦後に銀幕で活躍した鳴尾勲(池田成志)、母は女優の雪村椿という芸能界のサラブレッドは、甘いマスクの目元に謙虚さとやさしさを滲ませ、「暗さがいい!」と言われるスター歌手・桜木輝彦(中川大志)とは真逆の魅力。二大アイドル的な存在となる役どころに納得させられます。

 きりりとした眉、黒々とした髪の七三分け、ベロアのスーツという、まさに昭和歌謡な出で立ちは爽やかで、高貴な色もお似合いです。けれどその表情には、スタジオに入ったときからなかなかの緊張感が。その華がありながらもどこか不安げな様子に、リアル利生を感じてしまいます。情熱的な芝居で多くの観客を魅了する「唐組」の公演では、野外にテント(ステージ)を建てるところから始め、全身で芝居に打ち込んでいる福本さん。この撮影レポートの写真からはそんな姿、きっと思い浮かびませんよね。そのギャップにもしびれます!


福本雄樹


 利生が歌いそうな昭和歌謡の王道が爆音で流れる中、撮影がスタート。フォトグラファー・池村隆司さんが「好青年で! 爽やかに!」とリクエストすると、福本さんは背筋をまっすぐ伸ばし、シャッター音に誠実に反応しながら、静かにポーズを変えていきます。それに対して池村さんが「そう!」「その目がいい! すごくいい!」と少しずつ温度を上げていくと、それに呼応するように、昭和のスター感がだんだんと引き出されていきました。ポケットに手を入れたり、遠くを見つめながら切ない表情を浮かべたり、かわいい笑顔を見せたり。キラキラと輝きがこぼれ始めると、これはもうスター鳴尾利生です。
「昭和歌謡界の国民的スターということは、周りの期待やプレッシャーもある。利生はそれを敏感に感じ取ることができる空気の読める人間で、そういうものと葛藤しながらステージに立っている。でもどこかで自分に自信がないようなところもあるんだと思います」
 この言葉、どこか撮影中の福本さんとも重なりました。


福本雄樹


 鳴尾利生は、鳴尾一族の長男、芸能事務所・鳴尾プロの秘蔵っ子、期待の大型新人……とさまざまなものを担いながら芸能界を邁進していく、いや、邁進するしかない青年。強烈な個性を放つ鳴尾一族の中では異質とも言える、誠実さとやさしさを持った人間です。そしてただ一人、定に兄として愛情を注ぐ存在で、だからこそ定にとって特別な人です。
「利生と定、ふたりは鳴尾一族の〝光と影〟なんだと思います。利生は定にとっても希望の光のような存在なので、その〝光〟の部分を担いたい。でも利生は本当にただただ定が好きでやさしくしていたのか、そして定にとって利生は本当はどんな存在だったのか、ふたりの心の奥底にはどんな思いがあったのか……そういう部分は稽古で、中川大志さんとつくっていきたいです」

 利生の強い光はもちろん世間にも届きます。彼の歌は大ヒットし、すんなりとスターダムに。変身した定=スター歌手・桜木輝彦とも「二大ヤングアイドル」として売り出され、弟とは知らずに交流を重ねていきます。スターの役を演じるのは初めてだという福本さん。
「最初からスターとして登場する役なので、僕も自分に自信をつけてがんばりたいです。歌謡曲を歌うシーンもありますが、舞台上でマイクを持って歌うのも初めて。いまはボイストレーニングのレッスンを受けているところです。課題曲は尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』」
 あら、その曲は。
「はい。撮影のときにも少し歌いました(笑)」


福本雄樹


 これまでは主に劇団公演に出演してきた福本さん。この「三銃士企画」への出演は、これまでとは違うテイストの芝居への挑戦であり、商業演劇の殿堂への初参加となります。
「決まったときは素直にすごくうれしくて喜んでいたんですけど、いまは、今日の撮影に携わるスタッフさんの数からも感じられる、この企画の規模の大きさにだんだんと緊張感が高まってきました。それでだんだん〝楽しい〟と〝緊張〟が同じくらいになっています。これから〝緊張〟が勝っていくかもしれないですが(笑)、そこはちゃんと乗り越えていきたいです。明治座のような大きな舞台に立つことも初めてですし、僕にとっては今作のほとんどすべてがチャレンジです」
 福本さんの周りに漂っていた緊張感はそれが理由? と思いきや「いえ、これはいつも通りです。もともと緊張しいなので(笑)」と照れ笑い。そこで心強いのは、新ロイヤル大衆舎×KAAT『王将』-三部作-(2021年上演)でも共演した、山内圭哉さんや福田転球さんの存在なのだそう。
「山内さんにも転球さんにもすごくよくしていただきましたから。皆さんが稽古で役をどんなふうにつくっていかれるのか、皆さんに刺激を受けながら自分が鳴尾利生をどんなふうにつくるのか。最終的に舞台上にどんな世界が生まれるのか。それをお客様にどう見ていただけるのか。とても楽しみです」
 ひたすら物腰柔らかな福本さんでしたが、これまでも舞台上でしっかりとした存在感を放ってきた俳優です。明治座でもみせつけてくれるはず!


福本雄樹


 鳴尾一族の〝光〟を背負い、芸能界でもスターとして〝輝き〟を背負う利生。けれど光とは、眩しければ眩しいほど影も黒くなるもの──。きっとまだ誰も見たことのない福本さんの光と影がうつしだされる新作音楽劇『歌妖曲~中川大志之丞変化~』、必見です!


TEXT:中川實穗 撮影:田中亜紀

2022.06.10 【松井玲奈編】撮影レポート

 許さない。呪われた運命も、自分を陥れた宿敵も──。
 昭和の歌謡界に君臨する一族に生まれながらその存在を闇の中に隠された男が、その野望に共鳴する人々と繰り広げるダークで華麗な音楽劇『歌妖曲~中川大志之丞変化~』。情報解禁とともに発表されたメインヴィジュアル制作の舞台裏レポート、第2回は、親の仇と呪う相手へ、中川大志さん演じる主人公・桜木輝彦(鳴尾定)とともに復讐を遂げようとする女性・蘭丸杏役の松井玲奈さんの撮影風景をお届けします。



松井玲奈


 スラリとした長身と長い手足に、小さな顔がグッドバランス。松井玲奈さんといえば、グループのセンターで輝いていた当時から現代的美人という印象でした。その人が、どんなふうに昭和の美女に変身するのか? 撮影前から、スタジオ内の期待は高まります。
「お待たせしました、よろしくお願いします!」
 歯切れのよい声とともに登場した松井さんは、まばゆい純白のジャンプスーツ姿。そして、フィンガーウエーブの女優ヘアに、目元や口元を強調したクラシックかつ華やかなメイク。涼やかなお顔立ちもによく映える! レトロであでやかな昭和の美女の姿が、そこにありました。

松井玲奈

「生まれは平成なんですが、子どもの頃から歌番組などで昭和の歌を聴くことも多かったので、昭和歌謡は決して自分から離れたものではなく、日常的に身近にある歌だと思ってきました。友だちとカラオケに行くと、渡辺真知子さんの『かもめが翔んだ日』などをよく歌いますね。ザ・ピーナッツさん(『恋のバカンス』などヒット曲多数)も大好きです」


松井玲奈


この日もプロデューサー選曲の昭和歌謡プレイリスト(杏ヴァージョン!)がスタジオに大音量で流れる中、まずは立ち姿からの撮影。正面、横向き、振り向きざま。長い手足を舞うように動かしながら、腰のひねりも加えて自在にポーズを取る松井さん。その目は、常に強くカメラを射抜きます。
 匂うように美しくありながら、芯には決して消えることのない炎が……それが、演じる美貌の歌手・蘭丸杏のイメージ。歌謡界を牛耳る芸能プロダクションの長・鳴尾勲(池田成志さん・演)の横槍により会社を潰され失意のうちに息を引き取った父の無念を晴らすために、「蘭丸ミュージック」を興し、鳴尾一族の消された末子・定をスター・桜木輝彦としてプロデュースする杏。父の敵討ちを果たし歌謡界を奪還するという黒い野望が、その胸に燃えているのです。
 「目的のためには手段を選ばないスマートさが、すごく好きだなと思いました」というのが、台本を一読しての松井さんの杏への印象。
「ただダークサイドに落ちているのではなく、杏には杏の信念があるんですよね。一本筋の通った彼女の思いを、観ている人にちゃんと届けなくちゃと。だから、とことん悪に染まりたい! いい人よりも制限がなく、ある意味、なんでもやれるのが悪役のいいところだと思うし、できればそれが、好きになれるような悪さだったら……。かっこいい悪役になりたいですし、いろいろと変化球を投げながら、複雑で豊かなキャラクターにしていけたらと。私と重なるところですか? うーん、杏ほどには非情にはなれない、かな」


松井玲奈


続いて〝寄り〟の表情。ズームアップしたカメラのファインダーには、不敵な笑みが光ります。「冷たい表情も!」とのフォトグラファー・池村博司さんからのリクエストには、冷ややかでありながらもその身の奥の炎を感じさせる表情で応じる松井さん。女性としての魅力を最大限に発揮しつつ、それを武器にするしたたかさと哀しさまで……複雑なキャラクターを、的確に表現していきます。
杏と桜木、そして定の関係は、シェイクスピア作品でいえば、手に手を携え欲望一途に突っ走るマクベス夫人とマクベスのよう。今作が初共演となる中川大志さんに対しては、「スマートでスタイリッシュ、そして何でもできる実力を備えた方」という印象を持ちつつ、スター歌手と醜く打ち捨てられた男の2役をどのように演じるのか、間近で見ることへの期待も高まっているといいます。
「トリッキーなこの役に、中川さんはどんなふうにアプローチしていくのか、そして杏は、桜木と定をどんなふうにサポートしていけるのか……。素の私は人とコミュニケーションを取るのに慎重に時間をかけるタイプですが、杏は会った瞬間からガンガン攻める印象なんですよね。だったら私もそれを見習って、今回は稽古場に入ったときから彼女のように、自分から何でも聞き、どんどん取りに行く! という姿勢でやっていきたいと思っています。ほかの共演者の方々とも、ディスカッションを重ねながら、台本に描かれた世界を、楽しみながらさらに膨らませていけたら」


松井玲奈


 「いいね、OK!」の声で、いったん控室に退いた松井さん。しばしのち、同じスタイリングのまま頬に鮮やかなペイントが施された松井さんがふたたび登場し、杏としてカメラの前に立ちます。
頬のペイントは、誰しもが過去や感情、思惑を隠し持っている──という『歌妖曲』のキャラクターたちの深い内面を象徴するもの。個性的なヴィジュアル表現と流れるアップテンポの音楽に乗って、松井さんのポージングにもますます磨きがかかります。松井さん、そして同じく表現者でもある杏のポテンシャルが感じられるセッション!
 そして、本作ではソロ、そして意外なキャラクターとのデュエット(?)を含め、松井さんの歌唱シーンも、大きな見どころのひとつ。
「台本に『ここにはこんなイメージの歌が入ります』と書かれていたので、それを想像しながら期待を膨らませてはいるんですが、人前で歌うことをもうずいぶん長くしていないので、緊張も……(笑)。でも、杏の情念、その根の深さがきっと曲に乗ってくるんだろうなとも思うので。うん、バッチリやります! どうぞ楽しみにして、劇場にいらしてください」
最後は力強い宣言を、満面の笑顔で発した松井さん。桜木と定をはじめ、登場人物すべてを幻惑し、物語を導く闇色のヒロイン。松井玲奈さんが艶やかに演じ、歌う『歌妖曲~中川大志之丞変化~』、必見です!


TEXT:大谷道子 撮影:田杭孝英

2022.06.03 【中川大志編】撮影レポート

 彗星のごとく現れ出たスター歌手・桜木輝彦。しかし彼は、その華麗な姿とは裏腹に、知られざる過去を引きずり、炎のような復讐心を隠し持っていた──。
 昭和の歌謡界を舞台に、呪われた運命に抗う男の野望と復讐を描く『歌妖曲~中川大志之丞変化~』。スターがスターして存在したきらびやかな時代の空気は、令和の「いま」にどう再現されるのか? その鍵となるヴィジュアル撮影の舞台裏を、7回にわたってレポートします。
 まずは、主演の中川大志さん。爽やかなルックスと確かな演技力を備え、放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』での凛々しい姿も大評判の彼が本作で演じるのは、「光」と「影」を象徴する一人二役。対照的で奥行きのある役柄を作り上げる第一歩は、こんなふうに踏み出されました。



中川大志

                  
 中川大志が、ついに舞台に──上演決定の一報以来、多くの人の注目を集めている『歌妖曲~中川大志之丞変化~』。情報公開に先駆け行われたヴィジュアル撮影のスタジオには、静かな中にも緊張の糸が張り詰めていました。
 何しろこの日は、桜木輝彦、その対となる闇の存在・鳴尾定(さだむ)が、はじめて姿を現す日。まだ想像の中にしかいないふたりに息が吹き込まれる、最初の瞬間を見逃すまいと、スタッフ一同、息を詰めて中川さんの登場を待ちます。
「よろしくお願いします」。礼儀正しいご挨拶(さすが無双の好青年!)とともに、まずは桜木輝彦が姿を現しました。と同時に、スタジオに昭和時代を彩ったヒット曲が流れ出します。実は本作のプロデューサーのひとり・浅生博一は、それぞれのキャラクターのイメージに合ったプレイリストを作成。当時の歌謡界の空気を伝えつつ、音で俳優たちを盛り立てよう! という試みです。


中川大志

                  
 中川さんの表情も、一気になごやかに。イエローのスーツとレトロなフラワープリントのシャツに身を包んだ姿は、まさに昭和のスター! ブロマイドふうの決めポーズに始まり、目配りや体勢を変えながら、中川さんは桜木の輝きを表現していきます。
 明るい色柄を複数組み合わせるのは、レコードジャケットやグラビアに残る昭和スターの定番スタイル。ですが、今回の撮影では大胆なコーディネートを現代によみがえらせるため、さまざまな工夫を凝らしています。
「華やかな芸能界をイメージして、黄色やゴールド、光る素材をたくさん取り入れました。当時の服って、襟が大きかったり、パッドが入っていたりするんですよね。色や柄も、ガチャガチャしていますし(笑)。それをそのまま再現するとトゥーマッチになってしまうので、全体はシュッとしたシルエットにまとめつつ……。イメージしたのは、アフリカのコンゴ共和国のサップ(*SAPE=「おしゃれで優雅な仲間たち」。1950〜60年代を思わせる高級服をカラフルに着こなす人々)。今日の桜木の衣装は、いわば〝昭和版サップ〟というところでしょうか」(宣伝衣装・高橋毅さん)


中川大志

                  
 そして、もうひとつの重要なポイントが、髪型とメイク。「たとえば、この服装でオールバックにして現代ふうのメイクにすると、現代の夜の街の男のようになってしまいますよね」とは、高橋さんの言。今回の撮影では、そこにあえてきちんと整えられた黒髪やきりりと太い眉といった昭和らしいヘアメイク(ヘア=佐鳥麻子さん・メイク=YUKA HIRACさん)を組み合わせることで、正統派のスター然としたスタイルが出来上がったのです。
 確かに、はでやかなスタイリングなのに、品よくノーブルな仕上がり。ポートレートの撮影に続き、マイクスタンドがスタジオに持ち込まれると、華麗な男性ヴォーカルのヒット曲が高らかに流れ始めます。歌声に誘われた中川さんもグッと熱量を上げ、場の空気は最高潮に! 歌“妖”界のプリンス・桜木輝彦の誕生に、スタッフたちからも拍手が沸き起こります。

 喝采のうちに桜木のカットを終えると、中川さんはメイク室に。そして、スタッフ全員が慌ただしく動き始めます。実は、これからが本日のメインイベント。『歌妖曲~中川大志之丞変化~』の世界を象徴する、キーヴィジュアルに取り掛かります。
 キーヴィジュアルのコンセプトは「二人羽織」と「光と影」。??? と首を傾げるかもしれませんが、本作の主人公は、桜木輝彦と、彼の正体である鳴尾定のふたり。映画界の大スターの一族に生まれながら、シェイクスピアの『リチャード三世』の主人公・リチャードのように、醜い容姿とある悲しい出来事から存在を消されて育った男・定が、壮絶な整形を経て光り輝く存在に生まれ変わり、一族への復讐に立ち上がる……というストーリーを、一体となって表現するのです。
 ふたたびスタジオに現れた中川さんは、裸身にシンプルな黒い布を巻きつけたグラフィカルな出で立ち。と、そこにもうひとり、ほぼ同じスタイリングの男性(俳優・脇卓史さん)が登場。ふたりはまず、文字通りの二人羽織で、桜木と定が一体であることを示すカットに挑みます(*完成したヴィジュアルでは、どちらも中川さんの表情になっています)。

 続いて、離れた場所に立つふたりの間に、衣装と同じ素材の伸縮性のある黒い布が、ぐるぐると巻きつけられていきます。この布を中川さんが前から、脇さんが後ろから引き合い、光へ登りつめる桜木、それを闇に引き戻そうとする定を表現するのです。
 CGではなく、あえてふたりの肉体を使って表現する理由を、「実際に引っ張りあって撮ったほうが、力強さやドラマが生まれるんじゃないかと」と語るのは、宣伝美術を担当したアートディレクターの高橋亮さん・井田岬さん。高橋さん、井田さんが頭の中にイメージした画像をよりダイナミックに表現するため、衣装の高橋さんとともに素材選びやセッティングの実験を重ねました。
 プランは万全でも、実際に布を巻きつける作業は、本番一発勝負。まるでアート作品を即興で作っていくような、大胆かつ細やかな仕事が施されます。


中川大志

                  
 そうして、いよいよ撮影スタート! 「引いて引いて! グーッと!」フォトグラファー・池村隆司さん(宣伝写真担当)のリードで、全身に力を込める被写体のふたり。赤く妖艶なライティングの中、全力で引き合う姿は、自分の運命から脱皮しようとする桜木の強さ、逃れきれない定の哀しさを体現していて、見る側も思わず拳にグッと力を込めてしまいます。
 せーの! とテンションをかけては、緩める。それを繰り返す撮影は、肉体的にも精神的にも実にハード。「足が……もうちょっで攣りそう!」と苦悶しつつ、中川さんは後ろから力を入れて引く脇さんを気遣い、撮影待ちの間には「誰か支えてあげてください」とスタッフに声をかけていました。

 引いて、引いて、力の限り、前へ、光のほうへ── その場にいる全員が、桜木と定の葛藤を見つめます。
 「ラスト!」と声のかかったカットは、最高の1枚に。場内からの拍手にホッと緩んだ笑顔を見せた中川さん。脇さんと手を握り、健闘をたたえあいました。

 ラストは、顔と全身を幾何学的に塗り分け、一身で異なる二つの人格を表現するカット。定の炎のような復讐心と狂気が桜木の内側からもがき出る、インパクトの強い表現です。が、それに負けない中川さんの目力は、きっと作品への挑戦、そして役を演じきることへの決意の表れなのでしょう。
 「うん、強いね……OK!」池村さんの声がスタジオに響き、桜木輝彦のファーストカットは無事終了! まだこの世に現れていない物語、その確かな胎動を感じた、充実の瞬間でした。
 熱く濃密な時間を過ごしたスタッフたちは、終了後、ちょっとした放心状態に。と、そのとき、上半身の衣装を解いた中川さんがふたたびスタジオに。見ると、そのお腹には……顔が! 
 スタッフの驚きぶりを見て、まだ塗り分けたままの中川さんの顔にも、こぼれるような笑顔が。まさか「腹芸」で笑わせて場の緊張を解くとは、なんという心得た気遣い! あらためて若き座長のもと、頑張っていこう──と、一同は決意をあらたにしたのでした。


中川大志

                  
 
「お疲れさまでした!」と、まだ興奮冷めやらぬ控室でも、相変わらず礼儀正しい中川さん。「僕だけでなく、皆さん、探り探りだったと思いますが……」と、今日の撮影を振り返ります。
「まだ稽古が始まっていないので、今日は僕自身の中の感情を……とくに定のイメージを表現するには、僕の中の不安やネガティブな気持ちをさらけ出しながらの試行錯誤でした。桜木のステージをイメージさせる場面では、音楽で盛り上げていただいたり、スタッフの皆さんに励ましていただいたりして、本当に楽しくやれましたね。普段はなかなか身につけない衣装やヘアスタイル、メイクにも、テンションが上がりました」
 初の本格音楽劇へのチャレンジを控え、すでに昨年からボイストレーニングを始めるなど、着々と準備を進めている中川さん。今年に入り、「ようやく『来たな!』という現実味が出てきた」と武者震いしつつ、これからの自分に思いを馳せます。
「三銃士企画の第1作である『両国花錦闘士(りょうごくおしゃれりきし)』(2020年12月~1月上演)を観に行ったあと、プロデューサーの方から『いつか一緒に舞台を』というお手紙をいただいて、舞台をやること、歌うことについて、自分の中でずっとその可能性について考えてきました。未知の世界なので、もちろん、怖いと感じる部分もありましたが、自分の中の知らないゾーンをどんどん見つけにいきたいと思いました。共演する皆さんや、スタッフの方々の力も借りながら、ひとりでは決して到達できないところまでたどり着けたら……そんな挑戦にしたいと思っています」
 作品に向かういまの率直な気持ちを「身を削る思いで、自分自身を爆発させたい!」と表現した中川さん。定から桜木が生まれるように、中川さんの中からどのような中川大志があらたに生まれ出るのか……誰もがそれを目撃することになる『歌妖曲~中川大志之丞変化~』。情念渦巻く極彩色の世界の誕生に、どうぞご期待ください!


TEXT:大谷道子 撮影:田中亜紀
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