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2022.07.15 【池田成志編】撮影レポート

 知っているか? 憎しみも愛も、根っこをひとつにして咲く花だってことを……。
 昭和の歌謡界の覇権を握った一族の繁栄と転落、その渦中に生きる人々のドラマを歌に乗せて繰り広げる『歌妖曲〜中川大志之丞変化〜』。
 メインヴィジュアル制作の舞台裏レポート、フィナーレを飾るのは、主人公・桜木輝彦こと鳴尾定が復讐の炎を燃やす父親にして、物語のラスボスとも呼べるプロダクション社長・鳴尾勲役の池田成志さん。華麗なる愛と復讐のクロニクル、そのすべてを受け止める覚悟について、静かに、しかし熱を込めて語ってくれました。



池田成志


 主人公・鳴尾定が全身全霊をかけて憎み、追い落とそうとする巨大な父親——池田成志さんといえば、その圧を受け止めるだけの度量を備えた演劇界のベテラン。この日も、飄々とした様子でスタジオに入りながらも、カメラの前に立った瞬間、全身から放たれるものがありました。そう、それは、〝妖〟気とも呼べそうなオーラ。
 「威厳、見せていきましょう!」「ちょっと無頼漢っぽい感じで! 悪そうに!」
 フォトグラファー・池村隆司さんから次々と飛ぶオーダー(今回も熱量増し増し)に、一つひとつ冷静に対処する池田さん。
「テンションの高い撮影なんで、どうすりゃいいんだと多少面食らいましたけど(笑)。でも『あ、これは芝居をすればいいんだな』と。だから、思わず演ってましたね」と、さすが余裕の順応力です。スタジオに流れるのは、昭和を彩ったヒットソングの数々。このヴィジュアル撮影のためにプロデューサーが作ったセットリストで、ずいぶんおさらいしました。
「昭和歌謡、僕はど真ん中の世代じゃないですか? 子どもの頃から聴いてどっぷり浸って、よく歌ってきましたからねぇ。先日亡くなられた西郷輝彦さんの歌とかも。といっても今はコロナ禍で、カラオケにはさっぱり行けてないですが」


池田成志


 台本を一読しての感想を尋ねると「暗い。非常に暗い。暗いなぁ。暗いなぁー!(大声)救いがないなぁ、と思いました」とニヤリ。やはり、主人公の憎しみを受け続ける身としては、心理的な圧も……。
「でも、何か面白いことはできるのかな? とも思いましたね。何しろ、明治座と東宝とヴィレッヂという顔ぶれだし、普通の作品にはならないだろうなと。今もらっている台本の第一稿を読んだ限りでは、勲はどこまでも悪くいなくちゃいけないのか……この男のバックボーンが果たしてどこにあるのか、それは追い追い倉持(裕。作・演出)くんに訊きながら埋めていかなきゃなぁと思っているところです。久しぶりにノート(疑問の洗い出しや、役作りのための覚書などを記す)書いちゃいましたもん。フフフ」


池田成志


 名優の演技ノート、それはぜひ読みたい! 現在感じているもっとも大きな課題は、戦後の芸能界を裸一貫で成り上がってきた俳優であり人気歌手を抱えるプロダクションの社長である男が、鳴尾家という自らの家に固執する理由と、背景にある複雑な家族関係をどう表現するか、ということだとか。
「下敷きにしている『リチャード三世』の場合は、王家というものがあるからあの復讐劇が成立するんだろうけど、鳴尾はそうじゃなくて、戦後のどさくさの中で無茶苦茶なことをやって成り上がってきたわけで。いったいどういう成り立ちをしている家なのか、定のことをなぜそんなに世間から隠そうとしたのか、長女のあやめの母親との関係はどうだったのか、定や利生の母親とはどの程度の恋愛だったのか……などなど、その辺りをきちんと踏まえておかないと、恨まれるのもキツいだろうなと……ってこれ、なんの宣伝にもならないね(笑)。とにかく、本筋となる定の物語、その骨格はしっかりしているので、あとは周りの人間たちもすごく葛藤してるんだと、枝葉末節のところまで面白くあればいいなと思っています」


池田成志


 キャラクターの人間性には、そして行動には、必ず裏付けがなくては。これが、どんな役にも自在に息を吹き込んできた俳優のメソッドなのか……と、素人ながらすっかり説得されてしまう取材者(私ですが)。定という息子にとって血の宿命に抗う物語であると同時に、『歌妖曲』は、勲にとっては築き上げてきた父性の崩壊に直面する物語でもあるのです。むむむ、深い、そして深刻……とついしかめっ面になってしまいそうですが、そこを洒脱にかわせるのもまた、ベテランの技量。
「ものすごく文学的な要素を入れているのにも関わらず、すごく派手な体裁でやろうとしているから、難しい挑戦ですよね。でも、エログロにしても、戯画調にしても、もうちょっと楽しい要素を入れていかないと、観ている人もしんどいじゃないですか(笑)。
 ちょっと思ったのは、僕と山内(圭哉。勲を支える大物フィクサー・大松盛男役)と福田転球(勲の娘婿・映画監督の峰田道明役)が出ているわけだから、何かちょっと昔の思い出に引っ掛けた、愉快なシーンを作ろうと思えば、できるんじゃないかと。山内はギターが弾けるし、転球はめっちゃ歌が上手いので、3人で何かやってみる……そんなシーンを作ってもいいんじゃないの? ってね。面白そうでしょ?」
 面白そうです! っていうか、山内圭哉さんが言っていた「面倒なこと」(→詳しくは山内圭哉さんのレポートをご参照あれ)って、これだったんですね。いやいや、ぜひにもあらまほしい面倒!
「復讐するほうも、ずっと真面目に恨んでなきゃいけないとなると、大変だよねぇ。劇中劇とか入れて、そこで変な役でもできるといいんだけど(笑)。中川大志くん、僕は映像でしか拝見したことがないけど、すごくきれいな顔をしたいい感じの青年で、しかもCMなんかではちょっととぼけた演技もしているじゃないですか。たぶん、そういったこともできる人だろうなと期待してますけど……僕から学ぶこと? いや、それは全然ないと思います(キリッ)」
 立ちポーズの撮影でも、寄り(アップ)の撮影でも、威風堂々の父親像だけでなくコミカルなポーズや表情を混ぜて、どこか微妙な“外し”を狙っている様子も? 池田さん独自の、味わい深いラスボス像は、着々と構築されつつあるようです。


池田成志


「自分で書かない人間は、好きなこと言いますよね(笑)。でも、『僕はこう思ってるけど』ということを、言わないのもどうかな? とも思う。それは誰かが言わなきゃいけないし、腹に収めて稽古するっていうのも、ちょっと気持ちが悪いので。まあ、若干めんどくさいタイプの役者ですが(笑)、稽古が始まったらきっといろいろ疑問が湧くだろう……というのがあらかじめわかっちゃう節もあるので、なるべくそうならずに現場が進むように持っていきたいなと」
 すべては、作品と、ともに作る仲間のために、そして観客のための創意工夫。台本を渡された時点から、役作り、そして場づくりは、始まっているのです。
 予定では、稽古開始は秋風が吹く頃。それまでには、キャスト・スタッフのコミュニケーションが進み、さらに複雑かつ濃厚な音色に練り上げられているに違いない『歌妖曲~中川大志之丞変化~』。メインヴィジュアル撮影レポートはこれでいったん終了ですが、今後も制作過程の様子あれこれを、都度都度、皆さまにお届けしていきます。どうぞ引き続き、ご注目ください!


TEXT:大谷道子 撮影:大関敦

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