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2022.07.01 【中村 中編】撮影レポート

 憎んでいるのに、憎みきれない。それはお互い、愛に飢えた者同士だから──。
 昭和の芸能界に君臨する一家に生まれながら、打ち捨てられて育った男・鳴尾定。スター・桜木輝彦に変身した彼が、血を分けた人々にすら牙を剥く復讐の物語『歌妖曲~中川大志之丞変化~』。メインヴィジュアル撮影の舞台裏レポートの第5回は、定の姉で鳴尾一族の長女、人気歌手としてスポットライトを浴びる一条あやめを演じる中村 中さんの登場です。
 美しさと恐ろしさ、そして何より〝妖しさ〟を表現するなら、この方でなくては!スタジオは終始、ため息に包まれていました。



中村中


 スラリとした長身に腰まである艶やかなロングヘアをなびかせ、スタジオ入りした中村 中さん。パステルグリーンのジャケットがお似合いですが、スカートやハットは真紅、加えてピンヒールにレースの手袋と、ところどころにインパクトを持たせた着こなしが演じる人物の情念を感じさせます。
 切長のアイメイクと真っ赤なルージュは、往年のトップモデル・山口小夜子さんをイメージし、メイクアップアーティスト・YUKA HIRACさんが造形。「メイクもスタイリングもきれいに仕上げていただき、ありがとうございます」と優雅に膝を折ってお辞儀し、中村さんはカメラの前へ。もはや「あやめ様……」と呼びたい雰囲気です。


中村中


 スピーカーから流れる昭和歌謡で、スタジオに漂う情念。それに被せるように、フォトグラファー・池村隆司さんは「艶!艶とエロスで!」と、中村さんにオーダーします(ちなみに、撮影時は午前中)。
 しなやかに体をくねらせたり、長い指を滑らかに動かしながら誘いかけるポーズを決めたりと、的確に応えていく中村さん。その姿から発せられるのは、まさに昭和の匂いです。そのベースには、子どもの頃から聴いてきた歌謡曲の世界のイメージがあるといいます。
「昭和歌謡は華やかで壮大で、生命力を感じます。戦争が終わり、街も人も再生しようとしていた時ですし、エネルギーが必要だったんだと思うんですね。物もない、お金もない、だけど生き残った者はお腹も空くし性欲もあるしフラストレーションも溜まるだろうし、ある意味、生命力剥き出しの状態で。その生命力の受け皿みたいなものが必要だったんだと思います。だから歌い手にも、退廃的な雰囲気のメイクや衣裳が多かったように思うし、歌謡曲が生命力を更に盛り上げる存在として、聴く人を勇気づけていたのではないでしょうか」


中村中


 中村さんが扮する歌手・一条あやめは、身一つから芸能プロダクションを興し芸能界の頂点に上り詰めた鳴尾勲(演:池田成志)の長女。しかし、あやめの母は幼いあやめを捨てて家を出てゆき、その後、彼女は血のつながらない兄弟とともに暮らすことに。烈しい気性と高いプライドを持つ女性ですが、その心の底には、両親から愛されなかった哀しみを常に抱えています。
「血筋や家系から受け継ぐ誇りってあると思うんですけど、それは何をしていても自然と滲み出る品みたいなもので、それを本当に持っている人は凛として見えると思うんですよね。でも、あやめは、その誇りを自ら作り出して、それを必死に守ろうとしている人……という印象を台本から受けました。嫉妬深いのも、実は愛情に飢えているから。『私だけもらえかなった』『私だけもっていない』みたいな感覚なのではないでしょうか」


中村中


 憎しみも、強がりも、すべては傷ついた心の裏返し。そう思うと、あやめはどこか、定と似ているのかもしれません。
「そうですね。私自身は、定の生き方に、とても共感しています。彼としては、ただ普通に扱ってほしい、純粋に人と触れ合いたいと思っているだけなのに、それが他人には理解してもらえず、煙たがられるどころか恐れられるだなんて……寂しいじゃないですか。あやめにも、似ている部分はあると思います。『私はどこにいるんだろう』『ここにいるのよ』ということを訴えたいのでしょう。
 『歌妖曲』に出てくる人って、もしかしたら皆、そういうところがあるのかもしれません。華やかな舞台の裏側で、ジタバタしている人たち。その理由は皆、認めて欲しいとか空しいとか、似ているかも……」
 しかし、あやめは決して哀しいだけの女性としては描かれません。福田転球さん演じる夫で映画監督の峰田道明とのやりとりは、まるで夫婦漫才のよう。そして何より、歌手として繰り広げるであろう華麗なステージングには、大いに期待が高まります。
 「歌う芝居は久しぶりなので、楽しみです。あやめの歌もきっとそうだと思いますが、昭和歌謡は、歌詞の表面で歌われていることと、その内面に込められたことの差が面白いところ。華やか雰囲気とは裏腹な世界が、訳あり人間たちによって繰り広げられると思います」


中村中


 『歌妖曲』が第二弾となる「三銃士企画」については、以前からウェブサイトやツイッターをチェックしていたという中村さん。中でも、〝真剣に「遊び」を作り上げ、真剣に「遊び」を愉しんでいきたい〟というコンセプトに、強く心を動かされたといいます。
「遊びという、すごくわかりやすい言葉を使っているのって、優しいことだと思うんです。優しくない人って、変に難しい言葉を使ったりするイメージがあって。そんな優しい場所に、しばらくいられるということがうれしいんです。とくにここ2年は、世界的にも不安の渦中にあって、優しくない出来事が多いと思います。エネルギー切れというか、私自身、自分を放置してしまいがちな日が多かったので、エネルギッシュな企画に声をかけていただいたことは、救われる思いなんです。遊び、という優しくて強い〝気〟を持った方々と一緒に舞台を作れることが本当に楽しみです」
 インタビュー中に感極まって、思わず涙を浮かべる場面もありましたが、最後に見せた優しい笑顔は、ふわりと花が開いたようでした。憎しみも哀しみも歌に変え、大輪の花がステージに咲き誇る新作音楽劇『歌妖曲~中川大志丞変化~』に、引き続きご期待ください!



TEXT:大谷道子 撮影:大関敦

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